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第壱輪 闇の調べ
2005-10-26 Wed 07:07
時代は、誰にも語られることのない頃。
闇の王が世界を震撼させたVana'Dielとは、まったく別の歴史を歩んだVana'Diel。
三国はそれぞれ独立して政権を築き、ジュノを交えた貿易を盛んに行うも、その関係性はほぼ上辺だけで内心冷めた見解を下していた。
先の獣人との大戦時も、三国の協調性は無に等しく多くの犠牲者を出したという。
結果として、獣人の敗退により人間に勝旗が揚がったが、その真相は謎に包まれたままである。
三国の一時的な協戦か、あるいは俗に言う救世主の降臨か…。
いずれにせよ、そんな大戦の傷跡もすっかり消えてしまった現在の三国にとって、それぞれの国に深く関与しないという暗黙の契約が結ばれていることは間違いないであろう。
しかし、そんなVana'Dielに今新たな歴史が刻まれようとしている。
暗くとても不吉な、闇の調べのようなその歴史は、とある一人の少女を巻き込んで静かに始まっていた。



「もーお母さん! いつまで寝てるのー?!」
地はバストゥーク。太陽が頂きに到達するほんの二時間程前。
一人の少女が昼食の支度をしながら、隣の部屋で寝ている母に呼びかけている。
「ううん…。もうちょっと寝か…。」
ゴモゴモした発音で母が答えた。語尾が聞き取れなかったのは布団に潜り込んだからであろう。
「まったくもう。」
少女は少し頬を膨らませ、フライパンを軽く回した。
その手つきは慣れたもの。瞬く間に美味しそうな色合いと香りを生み出していった。
少女の名前はユミ。
長身の低い容姿と、黒い鼻が特徴的なタルタル族である。
後頭部で結んだ髪の色は青く、また瞳も同じ色をしていた。
ただ、右目だけは少し緑みがかかり、左右で若干色合いが違っている。
そして、ユミの母親の名前はナツミ。
彼女もまたタルタル族であり、ユミと同じ髪と瞳の色をしていた。
しかしナツミの場合、両の瞳の色は同じでユミのような違いはない。
ナツミは昔、少し名の知れた魔道士だったとユミは聞かされていた。
先の大戦でも実際に戦場に立っていたとか…。
しかし、今となっては仕事に追われ日々働く一主婦。
たまの休みとなるといつもこの調子であった。
「モグちゃんごめーん。お皿だして~。」
最後の味付けも終わり、ユミはモグを呼んだ。
いつもならすぐに愛らしい声で「クポー」と言いながら飛んでくるのだが、今日は何故か反応がない。
ユミは聞こえていないのか思い、もう一度呼んだが、やはり反応がない。
「モグちゃん?」
ユミはフライパンを置き、モグを探しに行った。
母の部屋を覗いたが、布団に包まる母の姿があるだけで他に人影は見当らない。
ユミは母の部屋を後にし、自分の部屋へと向かった。
扉を開けあたりを見渡す。
するとそこには部屋の隅でうずくまるモグの姿があった。
「モグちゃん?」
ユミは近づいて声をかけた。
モグはまるで何かに怯えるように震えている。
「どうしたの?」
モグを覗き込むようにしてユミはしゃがみ込んだ。
すると、モグは声を震わせユミに言った。
「…世界が…終わっちゃうクポ…。」
「え?」
ユミは言葉の意味が理解できず、聞きなおそうとモグを抱きかかえた。
しかし、ユミが何度話しかけようと、モグはそれ以上何も言おうとはしなかった。
ユミはモグをベッドに運んだ。
全身に汗をかき、顔色も少し悪い。
「ユミ? 何かあったの?」
丁度その時、ナツミが起きてユミの部屋に入ってきた。
目をこすり、髪の毛が四方八方に乱れているのが寝相の悪さを物語っている。
「モグちゃん…具合が悪いみたい。」
ユミは一瞬言葉に迷った。
モグが言った事を母に言うべきか否か…。
「…風邪でもひいたのかな?」
ナツミはモグの額に手を当てながら様子を窺っている。
ユミはその母とモグの姿を見つめていた。
(世界が終わる? …まさかね。)
この時ユミは、モグが言ったことは風邪が見せる幻覚のせいだろうと思っていた。
この時までは…。
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